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2025春
2025年04月08日|
カテゴリー: 2F介護
皆様こんにちは。
2025年も早いもので4月に入りました。
本日は入所のご利用者様の近況をご報告しようと思います。
🎍正月🎍
正月ということでお抹茶を立てて楽しみました。
正月飾りの前で記念撮影もしました。
お正月なのでビール(ノンアルコール)も提供されました。
👹節分👹
お手玉をスタッフの持っている赤白と書かれた箱に入れてもらい鬼退治をしました。
⛄雪だるま⛄
2月の雪の降った日に、雪だるまを作りご利用者様に見ていただきました。
雪と記念撮影もしました。
🎎お雛様🎎
今年もフロアに雛人形を飾り記念撮影をしました。
🍰ケーキ作り🍰
食事レクリエーションでケーキに飾りつけをしました。
皆さん楽しまれていました。
🌸花見🌸
今年も近所のお寺にお花見に行くことができました。
鯉にも餌をあげてきました。
施設の桜でもお花見しました。
🍺ビール🍺
お花見の後は、ビールで乾杯🍻しました。
日々様々なレクリエーションや季節の行事を企画し
ご利用者様に楽しんでいただいております。
またの機会にご紹介します。
そうだ。歯医者さんへ行こう🏃♂️
2025年02月08日|
カテゴリー:
リハビリ担当の伊藤です。
先日、久しぶりに歯医者さんへ歯の治療に行ってきました。以前に歯科受診したのは4年ほど前で、治療を完遂する前にフェイドアウトしてしまった記憶があります。今回のケースでは、実は数か月前から奥歯が疼いてしょうがなかったのですが、忙しさを理由にして なかなか歯科へと足が向くことが無く、ずるずると毎日が過ぎていたのです。冷たいものが しみても、「(しみるのは)知覚過敏のようなものさ。高濃度フッ素入りの歯磨き粉(かの有名なシュミテクト)を使っていれば、その内に落ち着くでしょ♪」と自分に言い聞かせてたんですが、ついに生温い水でも しみるようになってしまい、「このままじゃキンキンに冷えたビールはもちろん、水すら飲めん!」と覚悟を決め、慌てて歯科の予約を取った次第です。
恥ずかしい話、子供のころから高い場所と歯の治療が大の苦手でして、年を重ねるごとに恐怖感の度合いが増しているような気さえしています。あの歯を削る「キーン!ガリガリガリ!」という音ときたら…軽く見積もっても寿命を5年は短くしていると勝手に思っています😱😱 まあ、いい歳のオジサンが駄々を捏ねるわけにもいかないので、今年こそは歯の治療を逃げずに全うしたいと思っている所です。
ところで、一般的にも歯が大切というのが常識ではありますが、実はリハビリ分野にも無関係ではないのです。体の筋肉を太く保つ為には、十分な栄養が必要になるのは言うまでもありません。そして、十分な栄養を摂取するには[口の健康]が保たれている必要があります。口の健康と言うと、広くは嚥下機能の重要性にも関連しますが、大前提として ある程度の本数の歯が残されていなければ(※)[噛んで食べる]事は非常に困難になります。
※入れ歯(義歯)の適合不良を含む
〇ご存知ですか?8020運動
「80歳になっても、自分の歯を20本以上は残そう」という目標を掲げた運動です。
平成元年(1989年)に、当時の厚生省日本歯科医師会が提唱したもので、[80]は当時の平均寿命 [20]は硬い食べ物を食べる為に必要な歯の本数を表しています。
※尚、当時は男性の寿命が75.9歳 女性が81.8歳でした。
令和6年の時点では、平均寿命は男性81.1歳、女性87.1歳であり、8020達成割合も51.6%と、2人に1人は目標を達成している事になります。
この事から、現在の[8020運動]は、80歳をゴールとする捉え方から、より健康な高齢期を過ごすための運動という意味合いに変わりつつあります。
たとえ自身の歯を残す事が叶わない状況であっても、義歯を適切に調整する事で[噛む機能]を維持する事は可能です。口腔内を良い状態に保つと、顎の位置も整い、食べる事だけでなく、[表情]や[話しやすさ]、[姿勢]等、ほかにも多岐に渡って良い影響が期待できるとされていますので、追々ご紹介したいと思います。
いや~、大切ですね。歯って。
🎍あけましておめでとうございます🎍
2025年01月27日|
カテゴリー: 事務所
新春の候、皆様ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、今年もこまきの森では毎月のイベントを盛り沢山ご用意しております♪
1月のイベントでは新年会や鏡開き、お福飾り作り等をおこないました。
・新年会ではあの名曲「ひげダンス」の曲にあわせて、職員がマジックやダンスを披露しました。皆様も終始笑顔が絶えず、職員も頑張って練習した甲斐がありました😤
・鏡開きでは職員と一緒に餅つきをして形作りまでしてくださいました。鏡開きの後はぜんざいを作り、美味しく召し上がりました😋
鏡餅を食べることで1年の無病息災を願い、ぜんざいの小豆にも、厄除けの意味合いがあるようです👹
・お福飾り作りでは紙粘土を使い、「お福さん」を作りました。福々しい顔のお福さんに、皆様も思わず笑みがこぼれます😊
思い思いに縁起物で飾って、華やかに新年を迎えることができました🏵
皆様にとりまして本年が幸多き年でありますよう、祈念申し上げます。
感謝を込めて
2024年12月21日|
カテゴリー: デイケア
木枯らしの冷たさが身に染みる師走の忙しい頃今年も残すところ後少しですね。
デイケアの笠原です! 今回は皆様が楽しまれた1年間の行事をいくつか紹介しますね。
一つ目は流しそうめんです。
夏祭りです。
秋の大運動会 パン食い競争、、エキサイトしましたね(笑)
干し柿つくり&五平餅作り
クリスマスツリー作り
デイケアの仲間のピーちゃんです
今年も1年楽しく過ごせましたか?
来年は更にド派手に楽しいことを考えていきます。お楽しみに。。。
がんの告知
2024年12月06日|
カテゴリー: 施設長
ひっきりなしにナースコールが鳴っている。昭和47年(1972年)の公立学校共済組合東海中央病院外科病棟のナースステーションである。研修医の江角医師と がん性腹膜炎患者の病室へ向かった。「あなたは、がんがお腹に広がっているので痛いのですよ。」と江角医師が伝えた。その当時、がんを本人に告知してはいけないと大学や病院の先輩医師から教えられてきたので驚いた。がん告知後、ナースコールはピタリと止み、患者の表情は穏やかになった。この体験から状況を見て告知した方が良いと考え、実行した。江角医師は大学紛争の学生運動主導者であり、頭脳明晰で判断力に優れていた。告知した方が良いと分析・判断したのであろう。卒業後、就職の当てがなかった彼を受け入れたのは院長であった。院長は名大外科教授時代に彼に吊し上げられた医師であった。院長は彼の優秀なところを見抜いていたのだろう。彼は後に国立がんセンター東病院長になった。平成元年(1989年)になり、告知が少しずつ始まり、平成10年は告知率15%となった。平成14年(2002年)、最高裁で患者・家族への告知は義務であるという判決が出た。我々はこれより30年も前から告知をしていたのが自慢である。日本では現在告知率ほぼ100%近くになっている。ちなみに特殊な例だが、明治維新で活躍した岩倉具視が明治16年(1883年)東大お抱え外国人医師から食道がんで絶望的状態という告知を受けていた。
施設長 立松 輝
🎃🎌秋🍰🥇
2024年11月20日|
カテゴリー: 3F介護
皆様こんにちは。
フロアーで最近行ったレクリエーションを紹介します。
✨運動会✨
🙋♂️選手宣誓🙋
🤹♀️玉入れ🧑🦽
🥐パン食い競争🥖
パン食い競争で取ったパンは、その日のおやつでいただきました!
🎃ハロウィンパーティー🎃
🧙仮装🦹
皆さんで仮装をして楽しみました!
🍰ハロウィンケーキ🧁
いつもより少し豪華なケーキを楽しみました!
🎤カラオケ🪇
ケーキを食べた後は、カラオケで楽しみました!
☆スタッフ研修☆
感染対策の研修を行いました。
感染症が発生しても冷静に対応できるように、日々研修を行っています。
🎄クリスマス🎄
フロアーではクリスマスツリーを飾りました。
少しづつクリスマスの準備をしています。
寒くなってきましたので皆様、体調崩されることなくお元気にお過ごしください。
㊗お祝い㊗
2024年10月17日|
カテゴリー: 2F介護
みなさまこんにちは。
すっかりと秋らしくなり、朝晩の寒暖差が激しいですが、体調崩されていらっしゃいませんか。
こまきの森では、ご利用者の皆さんは、元気に過ごされています。
今回は最近施設であったお祝い事をご紹介します。
毎月行っている誕生会の様子です。
ご利用者の皆さんで輪になり誕生日の歌を歌ったり、ゲームやカラオケをしたり毎月お祝いしています
ささやかではありますが、毎月誕生日カードを作成し、お渡ししています。
誕生会の日は、おやつに誕生日ケーキが出るので、皆さん楽しみにされています。
敬老の日の昼食時の様子です。
毎年恒例のノンアルコールビールで乾杯しました。
たまに出る、ビールに皆さん大変喜んでいらっしゃいました。
フロアーでは今年もハロウィンの飾り付けをして皆さんでたのしんでいます。
10月は運動会にハロウィンパーティーを予定しています。
またこちらのブログでご報告します!
体験学習
2024年08月12日|
カテゴリー: 広報
先日7月31日(水),8月1日(木),近隣の中学生の生徒さん2名が体験学習としてお越しになり,2日間当施設にて『入所されている方』『通所されている方』と接して,老人保健施設内での日常の介護の現場を体験されました。
高齢者の方と会話したり,食事風景を見ていただいたり,シーツ交換や入浴後のドライヤー等の業務にも実際に携わっていただきました。
また,入所通所の方々が実際になさっている,体操やレクリエーションにも参加し,高齢者の方と一緒に体を動かし汗を流しました。
各1日ずつ 通所施設と入所施設を体験し,普段の生活では経験する機会がないであろう空間で,なかなか学ぶことが出来ない事を感じていただけたのではないでしょうか。
今回の経験が,生徒さん達の心に少しでも残っていただければ幸いです。
ある生徒さんは,利用者さんによって食事の形態を変えている事に,『すごいと思いました。』と 仰って帰られました。
わたしが~オジサンに~なぁ~っても♪(©森高千里)
2024年08月02日|
カテゴリー: トピックス
リハビリ担当の伊藤です。暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
今回は最近思っている事を書いていきますよ~
(きっと為になるようなことは何もないです。スミマセン_(._.)_ )
今やSNSは当たり前。スマホを使ってメール等の文章で連絡を取る場面は非常に多くなっています。私はどうしても絵文字を使ってしまう癖があるのですが、最近では絵文字を多用した文章を「オジサン構文」「オバサン構文」と呼ぶ風潮あるそうです。
実際、若い子(っていう時点で私はオジサンだと白状している訳ですが😅)のメールを見ると、絵文字は使われておらず、内容も短文かつ簡潔なものがほとんどです。これを分析するといろんな解釈があるのでしょうが、きっと「メールは要件を手早く伝えるだけだから。」「わざわざ(絵文字を)使う必要が無い。」「気を使って絵文字を選ぶ労力がムダ。」といった考えが背景にあるのかなと(個人的には)思います。加えて、ひょっとしたら「絵文字の選択を間違える事で、相手に変な印象を与えるかもしれない…」といった不安もあるのでは?とも思ってしまうのです。
絵文字を多用する自分を弁護する訳ではないのですが、私としては絵文字を使う行為は[積極的な表現と、思いやり・気遣い]の表れだと考えています。もちろん、たかだかメール程度の文章で相手に気持ちを伝えきれるなんて思いません。これが対面でのコミュニケーションであれば、顔の表情はもちろんの事、言葉の抑揚や微妙な言い回し、身振り手振りなど、相手に気持ちを伝える手段が幾つも存在します。でも、文章しか使えない状況であれば、そこは多種多様な表現を持つ日本語なので、構文自体に気を遣いますし、少しでも表現の幅を増やして気持ちが伝わるように絵文字も載せたい(←もう、ただ使いたいだけ。)!
個人的にはこの考え方、つまりは「表現する」・「相手を思いやる」という行為および発想は高齢者にサービスを提供する身として、いつも根底にあるべきだと考えています。
私がリハビリを通して関わっている利用者様には、[耳が遠くなった利用者様]や[認知症の利用者様]も珍しくありません。十分な意思疎通が難しいケースに直面した時には、使える手段を総動員してコミュニケーションをとる必要があるのです。気持ちが伝わればリハビリが進み易くなり、効果にも徐々に差が出てきます。
…なんて少し熱く語ってしまいましたが、これからもオジサンである自分を誇り、胸を張って気持ちを伝えていきたいと思います。まだまだ絵文字も使いますよ😁
ただの独り言になってしまいましたが、今回はこの辺りで失礼いたします。
医者事始
2024年06月20日|
カテゴリー: 施設長
医者になると、まず何科をやるか決めなければなりません。
兄貴が内科を専攻したので漠然と外科を専攻し、名古屋大学病院の外科へ入局しました。当時は3ヶ月の麻酔科研修を受けて一般病院へ赴任するのが普通でした。私は長野県の大町市にある市立大町病院に赴任する事になりました。えらい遠くの病院へ赴任するのだねと不思議に思う人もいるかもしれません。当時名大から医師を派遣していた関連病院は、桐生から四国に及び、全国で最も多かったからです。昭和41年7月、着任した際に部長へ「今日は晴天で良かったです。」と挨拶すると、「雲が一つある。」と空を指さされました。部長は名大卒であるが根っからの信州人であった。あまり笑顔を見せず額にしわを寄せている事が多かった。新人がまずする手術は虫垂切除術である。遂に虫垂切除術をすることになった。メスを持って切開しようとした瞬間、「交代。」という部長の声が響いた。理由は教えてもらえなかった。要するにメスの持ち方が悪かったのだと考え、以後は部長のメスの持ち方を凝視した。手術に少しでも手間取ると「交代」の声が響いた。これが1年間続いた後、部長が「虫垂炎の手術は、君と婦長だけでやりなさい。」と言った。部長は大町市ではなく穂高に住んでいた。虫垂炎の手術で夜に呼び出してはならないという事であった。ある時、名古屋へ帰る予定の医師が、「明日は鼠経ヘルニアの手術があるから、勉強しておいた方がいいよ。」と教えてくれたので、手術書を読んでおいた。次の日、部長が突然「君、大腿ヘルニアです。手術しなさい。」と言った。「鼠径ヘルニアしか勉強してきませんでした。」と伝えたが、何故か交代の声は響かず「看護婦さん!手術書を持ってきて読んであげなさい。」であった。看護婦の読み上げる通り手術をした。鼠径ヘルニアと大腿ヘルニアでは手術法が全く違っていた。患者さんは腰椎麻酔であった為、丸聞こえであった。今なら訴訟問題になるかもしれないが時代は違っていた。患者さんは「先生!大変でしたね。ご苦労さんでした。」とねぎらってくれた。このような指導法は現在ないだろう。この指導のおかげで、外科医を全うする事ができ、感謝している。
施設長 立松 輝